イーグルスについて

「ホテルカリフォルニア」で名を知られる70年代の伝説的ロックバンド、イーグルスは、グレン・フライ(Guitar&Vocal/1948年デトロイト生まれ)、ドン・ヘンリー(Drums&Vocal/1947年テキサス生まれ)、ランディ・マイズナー(1946年/ネブラスカ生まれ)、バーニー・リードン(Guitar&Vocal/1947年ミネソタ生まれ)の4人のメンバーにより、1971年にLAで結成された。カリフォルニアのバンドのイメージの強い彼らだが、実際には、カリフォルニア出身者は、誰一人としていないのだ(これは、イーグルスというバンドを理解する上で非常に重要な事実だ)。

いくつものバンドでのキャリアを経て、ロスの歌姫・リンダ・ロンシュッタットのバックバンドのメンバーとして集まった彼らは、デビッド・ゲフィン(現ゲフィンレコード総帥)の新興レーベル・アサイラムレコードと契約。 1972年、デビューアルバム「イーグルス・ファースト」にて、カントリー・ロックの新鋭バンドとして、 デビューした。「テイク・イット・イージー」などのスマッシュヒットに恵まれ、このアルバムは、全米22位まで上昇した。

1973年、西部開拓時代のギャング団に自分たちをなぞらえたコンセプトアルバム「ならず者」を発表。 名バラード「テキーラ・サンライズ」「ならず者」を収録したこのアルバムは、初期イーグルスの最高傑作と評価されている(全キャリアを通じてのという意見も多い)。

1974年、サードアルバム「オン・ザ・ボーダー」を発表。新ギタリスト、ドン・フェルダー(Guitar&Vocal/1947年フロリダ生まれ)の加入により、当初のカントリー・ロックからよりハードなサウンドに変化。このアルバムから、「Best Of My Love」が初の全米1位を獲得する。「フェルダーのプレイには、メンバー全員がぶっ飛んだよ。 LAでナンバーワンのギタリストは彼さ。クラプトンやオールマンにも匹敵する実力の持ち主だよ」 とは、グレン・フライの言葉。

1975年、「呪われた夜」を発表。よりハードでクールさを増したタイトル曲を始め、ヒット曲を連発したこのアルバムは、初の全米1位を獲得した。このアルバムにより、彼らは、ウエストコーストのイーグルスから、全米を代表するビッグネームへとスケールアップした。 このアルバムでは、フルタイムのメンバーとなったフェルダーのギタープレイが冴え渡っている。イーグルスのサウンドが完成したアルバムといえるだろう。

イーグルスのカントリー・ロック路線を代表していた、ギタリストのバーニーは、バンドの音楽性の変化への反発から、このアルバムを最後にバンドを去ることになった。

1976年初め、初のベストアルバム「グレイテストヒッツ1971-1975」を発表。 前作に続いて全米1位を獲得したこのアルバムは、その後も売れに売れつづけ、現在、アメリカ史上 ナンバーワンのベストセラーアルバムとなっている。

脱退したバーニーに替わって、ハードロックバンド、ジェームス・ギャングの元ギタリスト、ジョー・ウォルッシュ(Guitar&Vocal/1947年カンサス生まれ)という最強の助っ人を迎え、 イーグルスは、1976年の冬、アルバム「ホテルカリフォルニア」を発表する。 全米1位を獲得し、世界的に核爆発的ともいえるほどのメガヒットを飛ばし、グラミー賞の最優秀レコードに選ばれた、このアルバムにより、イーグルスは、名実ともに、世界の頂点に立つ。 それは、イーグルスが「ロックの神」の境地に辿りついたことも意味していた。

日本でも、同名のタイトル曲が社会現象的に大ヒット。有線放送で、外国人として初のNO1を獲得、 オリコンチャートでも年間2位の売上となった(1位はピンクレディのベスト盤)。 内容・売上ともに、ロック史上、最高の名盤との呼び声が高い。

イーグルスをよく知らない人でも、この曲のサビくらいは聴いたことがあるのでは? イーグルスは、一発屋ではない。アメリカの ロックバンドの中で、ロックの歴史上で最もレコードの売れたバンドの一つである。にもかかわらず、 イーグルス=ホテルカリフォルニアという図式が出来てしまっている。 これは、この曲がそれほどの曲だということなのだろう。 たしかにこれほどの曲は、そうそう存在しない。一度は聴く価値のある名曲である。

最後のオリジナルアルバムとなった「ロングラン」が発表されたのは、3年余りを経た1979年のことだった。その間に、オリジナルメンバーのベーシスト、ランディ・マイズナーが脱退し、ティモシー・シュミット(Bass&Vocal/1947年カリフォルニア生まれ)に交替している。 前作、「ホテルカリフォルニアを超えなければならない」という重圧からか、非常に重苦しい空気に 包まれたこのアルバムは、全米1位を獲得したものの、その評価は芳しいものではなかった。

ロングランの発表に合わせて行われた「ロングラン・ツアー」の終わるころには、バンドは事実上の 解散状態に。 正式に解散が発表されたのは、1982年、デビューから10年が経過していた。

その後、メンバー達はそれぞれソロアーティストとして活躍したが、それは、イーグルス時代のとてつもない成功とは程遠いものだった。 そんな彼らが、再びバンドとして手を組んだのは、1994年の4月。 MTVで放送された、過去の名曲でのライブと新曲4曲で構成されたアルバム「ヘル・フリーゼズ・オーバー」は、発売と同時に全米1位を獲得。世界規模の再結成ツアーのチケットもソールド・アウト、 彼らの歌が時代を超えて生き続けていることを証明した。1995年の秋には、3度目の来日を果たした。

僕が物心がついた頃、すでにイーグルスはいなかった。彼らの全盛期の活躍はまったく知らない。解散時に保育園にいたのだから。 1994年の再結成時、ジョー・ウォルッシュは、「俺たちの歌はまだ、生きている。俺たちは まだ、やれる」といった。 ホテルカリフォルニアをきっかけに僕はギターを始めた。 イーグルスの曲を生で聴きたくて、Sunset Ridersに出会った。 イーグルスの歌がなければ、出会わなかったかもしない多くの人と出会った。 彼らの曲は、時代を超えて生き続けている。多分、僕が今のイーグルスの年齢になっても、 変らずに流れている気がする。

イーグルスは、メンバー全員がリードボーカルを取れる、まさに歌えるバンド。 そんな彼らが奏でるハーモニーは、まさに鳥肌モノの美しさ! 歌詞も甘くナイーブで、ちょっと切ない・・・。演奏も非の打ち所の無いうまさ。 聴いたことの無い人は、ぜひ、聴いてみてください。

[TOP PAGEへ]